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No.SS38197 SUN SURFx 北斎 HAWAIIAN SHIRT SPECIAL EDITION "三下白雨"

SUN SURFx 北斎 HAWAIIAN SHIRT SPECIAL EDITION "三下白雨"
サンサーフ x 北斎 ハワイアン シャツ (アロハシャツ) SS38197
レーヨンフジエット / 藍捺染 / 白蝶貝ボタン

「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」とともに、富嶽三十六景シリーズを代表する図柄として知られている作品。
凱風快晴が「赤富士」と呼ばれるのに対し、本作品は「黒富士」と呼ばれています。
北斎は特に藍色にこだわり、当時はまだ珍しく高価であった舶来の「ベロ藍」をこの時代から使い始め、今回のアロハシャツのプリントも、青い部分には当時の色に近い本藍顔料、黒い部分には墨を使い、北斎の色に対するこだわりを継承しています。


  • No.SS38197 SUN SURFx 北斎 HAWAIIAN SHIRT SPECIAL EDITION "三下白雨"

  • 型番・品番

    SS37917

  • 販売価格

    27,000円(税込)

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    (メーカー様の在庫を確認いたしましてご連絡差し上げます。)
  • ********* ベロ藍を手に入れた北斎
    1831(天保2)年、71歳を迎えた北斎に決定的なチャンスが訪れた。

     日本橋馬喰町の版元・西村永寿堂の要請で、8年前から描きためていた冨嶽図36景を横大判サイズの錦絵で売り出すことが決まったのである。

     富士見13州を発想の基点に、江戸市中・江戸近郊・上総(千葉県)・常州(茨城県)・東海道方面・甲州方面、それに富士山頂付近とあらゆる方位から見た富士と、追加分の裏富士を含めた46枚を一挙に刊行させようという画期的な企画だった。

     永寿堂が北斎に大量の富士図を描くように勧めたのには、次のような理由がある。
     

     1804(文化元)年から1829(文政末)年にかけて、庶民の興味が屋内から屋外へ注がれるようになり、物見遊山と信仰を兼ねた神社仏閣詣・各所巡り・温泉巡りが流行した。

     五街道や宿場も整備され、伊勢参りに急ぐ東海道筋や、日光を目指す奥州街道も賑わった。山岳信仰も盛んになり、富士講・御嶽講・権現講などの信仰組織が生まれ、代参者が持ち回りの費用で毎年順番にそれぞれ信奉する山に登拝(とうはい)するという、かつてない登山ブームが訪れた。

     版元の西村永寿堂も熱心な富士山信奉者で、富士講の講元を務めていたから、この登山ブームに目をつけ、「冨嶽図」を出せば大当たり間違いなしと狙いをつけたのであった。

    版元がベロ藍を買い付け、北斎に渡す

     何よりも北斎のやる気を誘ったのは、永寿堂がまだ入手困難な、舶来の鉱物顔料であるベロ藍(プルシアンブルー)を、高価な値段で買い付け、北斎に手渡したからである。

     ベロ藍は、1704(宝永元)年から1710(宝永7)年にかけて、ドイツ・ベルリンで染色・塗料製造に従事していたディースバッハと錬金術師デイツペルが、フローレンスレーキという赤い顔料を作ろうとした時、偶然、青色の色材(フェロシアン化鉄)が発見されたのである。これが俗に言う、ベロ藍(プルシアンブルー)である。

     日本にベロ藍が入ったのは、1807(文化4)年、オランダ船の船員の脇荷として長崎へ持ち込まれたという記録が残っている。

     1810(文化7)年、蘭学者・大槻玄沢がドイツ人学者の製法書を訳した「蘭エン摘芳巻八」に「ベルレンブラウ」として記述している。しかし、ベロ藍が江戸市中に出回るのは、それから20年を経た文政末年になってからであった。

     北斎が永寿堂から渡されたベロ藍を水で溶いて塗布してみると、透き通るような明るい、美しい青が紙に出た。

     「これだ。この青を、植物繊維から採れる濃い藍と掛け合わせれば、素晴らしい空や水が描ける」。絵の具は絵師の命だ。小躍りする北斎を見て、永寿堂は「冨嶽三十六景」の成功は間違いないと、ほくそえんだ。

     北斎は刷師に輪郭線を墨ではなく、ベロ藍で描くことを指示した。それで描けば、画面が軟らかくなり、明るくよく映えるからだ。

     「冨嶽三十六景」をどの部分から出版したか定かではないが、すべての作品の空や水の部分にも、植物繊維の出す深い藍色と透明感あるベロ藍がうまく配合されている。

    ************* ベロ藍 / 紺青
    紺青(こんじょう)鉄のシアノ錯体に過剰量の鉄イオンを加えることで、濃青色の沈殿として得られる顔料である。日本古来の天然顔料である岩紺青と ... パリブルー (paris blue)、など数々の異名がある。日本では、ベルリン藍がなまってベロ藍と呼ばれた

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